お久しぶりです。
9月とはいえ、真夏のような日が続いています。
皆様、暑さとの闘いが続いているのではないでしょうか?
我が家のアサガオはまだ元気に咲いております。
夏休みの宿題であなじみの花ですが、そのかわいいイメージとは裏腹に凄まじい生命力をもっています。
繁殖し過ぎて、気味が悪くなりました。
半分くらい除草しました。
そんなアサガオを見ていると、ある話を思い出します。
時は桃山時代。
秀吉の所に、ある噂が届きました。
『千利休の庭に見事なアサガオが咲いている。』
それを耳にした秀吉が早速、利休を訪ねてみると、庭にはアサガオの花なんて一つも咲いて無かったのです。
『利休っ!どういう事なのか!!』
と秀吉が問いただすと…
『訳は後程にて…まず、中へ』
と利休。
少し苛立つ気持ちを抑えて中に。
利休が、いつものように茶を点てる。
それを待つ秀吉が、床の間に目をやると
花瓶には、一輪のアサガオが活けてあります。
茶を点て終えた利休。
『美しいものも、あまりに多数ではその美しさが半減してしまうのです
一番美しい花だけを殿下に見て頂きたい。』
秀吉は、感服して茶を飲んだ。…という話です。
利休の己の美意識を貫き通す生き様を伝える話ですが、私は違う物語を考えました。
最後の名言は、とっさに思いついた言い訳に過ぎない。
残暑でも伸び続けるアサガオの手入れをする利休。
その時に、あまりに繁殖し過ぎるアサガオに、利休も気味が悪くなって、除草してしまったのではないしょうか?
残暑でも凄まじい勢いで繁殖するアサガオ。
もしかしたら、利休も私と同じ気持ちでアサガオを見ていたのではないだろうか?等と考えたりしました。